中高底辺が北大医学部に合格するまでの道のり

お久しぶりです。

今回の記事では私が北大医学部に合格するまでの道のりについてを記事にしていこうと思います。

今までの記事では偏差値の推移とか、そういった数値、データばかりをお見せしてきました。

今回は私が今まであまり詳しくは書いていなかった、生活面について詳しく書いていこうと思います。

ということで、今回の記事は実質、北大医学部の合格体験記になります。

幼少期、小学生時代

↑地元の風景です。田舎(´・д・`)

小学校は全校生徒600人ほどの学校でした。

周りは田んぼしかなく昆虫採集や川遊びなどをして、自然に囲まれながらたくましく育ってきました。

ただ、スポーツが嫌いで嫌いで全くやっていませんでした。

小学生のクラブ活動は

漫画イラストクラブ→パソコンクラブ

でしたからね。

当時は文化系男子を極めていました。

この頃に運動をやっておけば、多少は運動音痴はどうにかなったのかもしれない… 

そして小4から塾にブチ込まれ、中学受験を経験しました。

志望校は県外の中学校で、偏差値70以上のそこそこの学校。

直前の模試ではE判定という、なかなか厳しい状況の中で、運良く滑り込むことができました。

晴れて、第一志望の中学校に入学します。

中学~高校

中学から親元を離れ、寮生活がスタート。

はじめの頃はなかなか寮生活に馴染めず苦労しました。

今まで温室育ちなのもあって、厳しい時間制限、多種多様な考えを持つルームメイトたちとの喧嘩など、

かなりつらい思いもたくさんしてきました。

そうして数々の試練を経て、心身ともに強くなりました。

部活はなんと、バスケットボール部に入部!!

それまでスポーツなんて全くやってこなかったのに。

中学デビューを決めようとしたんでしょうか…

始めの頃は練習に付いていくのが地獄だったし、なかなかこのスポーツに慣れるのに時間がかかったのを覚えています。

中3まで成長期も来てませんでしたからね。背も小さい方だったのを覚えています。

肝心のお勉強は、山あり谷ありといった感じでしたね苦笑

入学したときは200人中160位という低ランカーでしたが、

高1くらいになると模試で学年10番台を出すところまで上がりました。

↑文化祭準備中の私…若い…笑(当時14歳)


そんな中、アニメと出会います。

この出会いが良くも悪くも、おそらく大きく人生を変えました。

「ラブライブ!」という作品をご存知ですか?

私はこの作品をきっかけにアニメの世界へどっぷり浸かることになります。

学校から帰っても塾に行かずに、ひたすらアニメを見るという生活を高2の秋から高3の冬頃まで続けました。

塾の勉強はおろか、学校の課題すらやらずに、ただただ毎日を食いつぶすモンスターの誕生です。

成績は一気に下がりました。

当たり前です。

高3の頃には取り返しがつかないレベルまで落ちこぼれ、校内模試では学年順位160/200にまで堕ちていってしまいました。

学年10番代はどこへやら。

心機一転して勉強を始めた高3の12月。  

が、時既に遅し。

そうして高3のセンター試験は8割ちょっと

医学部志望にはこの点数は低すぎた…

ほぼネタで出願した京都大学医学部には200点差で不合格。

私立も全敗しました。

こうして見事に受験に失敗、浪人生活のスタートです。

浪人生活

おそらく人生で一番勉強していた浪人生活。

ストレス、メンタルとの勝負でした。

始まったときは苦痛で仕方がなかったのですが、結果論で言えば浪人もいい思い出でしたね。

はじめの頃は勉強も真面目に取り組んで、成績は現役の頃に比べてぐーーーんと伸びました。

半年足らずでセンター模試の点数も80点近く上がりました。

あまりにも成績が良かったので、志望校を北大医学部からワンランク上の名大医学部に変更。

夏休みまでは順調に学習を続け、ぐんぐん成績は伸びていきました。

しかし、このまま勉強を続けられたわけではなく、秋ごろから急激に失速してしまいました。

別の記事でも解説していますが、浪人暗黒時代の始まりです。

具体的には一日中アニメを見てました。

はい、廃人です。

予備校には行っていたものの、予習復習を一切していかなかったので本当に何も身につけませんでした。

前期で必死に頑張って溜めた貯金を切り崩しながら、一日1時間も勉強しない日が3ヶ月以上続きました。

成績はまたしても急降下。

あれ、デジャヴ??

11月下旬のセンター模試では8割を切りました。

これを見て流石に焦り、そこから2月の下旬までの3ヶ月はもう死ぬ気で勉強しました。

もう現役の時のあんな地獄は見たくないな。

そう自分に誓って、ひたすら塾にこもり一日12時間くらいは毎日勉強していたと思います。

それでもセンター本番では797/900点と、北医ボーダーすれすれの点数でした。

進路面談では

「特攻だ、絶対無理だから他のところにしてくれ」

と、予備校のチューターと両親から猛反発を喰らいました。

それでも意志を曲げず、さっさと北大の願書を取り寄せひたすら赤本を解いていました。

二浪が頭にちらつきながらも一日中塾にこもりました。

本当に辛かったなぁ。

そして迎えた前期国立二次試験。

得意の英語で85%

苦手だった化学でも8割以上をマーク。

センターのビハインドを大きく返して北海道大学医学部に合格することができました。

まとめ

今思い返すと、本当に本当に辛くて苦しい受験時代だったなぁと思います。

自分の自堕落が原因で、もっと上の大学を受験できた可能性を潰してしまったことは今でも後悔しております。

大学入学後もそういった自分の怠惰さに呆れてしまうこともあります笑

まぁ、そんな私でも一定期間本気で、いや死ぬ気で勉強したらどうにかなりました。

辛いのは今だけです。

合格したらそこには自由が広がっています。

今は本当につらい時期でしょうが、いずれ終わりは来ます。

あとは自分を信じて頑張ってください。

最後に私が受験期の自分にもし会えるなら、必ず言うであろう言葉をここに残します。

一日一日を大切に